ほんちき@中立派

いろいろなこと書きたいと思います。レース、タイピング、俺ガイル、Relifeが好きです。ネットビジネスもちょっとだけ。

ジョン・サーティース氏死去。ご冥福をお祈りします。

先日F1界に悲しいニュースが走りました。

 

2輪と4輪のレース両方でチャンピオンを獲得、ホンダF1第1期の後半を支えたジョン・サーティース氏が3月10日に亡くなられました。

 

F1の活躍も素晴らしいですが、どちらかというとロードレース世界選手権での活躍の方が素晴らしい方でもあります。(ロードレース世界選手権38勝・4回チャンピオン、F1世界選手権6勝・1回チャンピオン)

僕は残念ながらロードレースでの活躍の方は全く詳しくないのでF1での活躍を述べたいと思います。

 

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前述のロードレース世界選手権での活躍の後、F1からはロータスからデビューしてその後はフェラーリで活躍しました。

 

1964年にはフェラーリでチャンピオンを獲得しましたが、最終戦は本当に劇的なものでした。

最終戦のメキシコグランプリの時点でチャンピオンの可能性があったのはヒル、サーティース、クラーク。

決勝レースではクラークがリード、ヒルは後退してしまったため、チャンピオンはクラークにわたると思われていました。

 

しかし、残り2周でトップを独走していたクラークが脱落。これでクラークがタイトル争いから脱落。

 

これで2位にバンディーニ、3位にサーティースが浮上しましたが、フェラーリはここでチームオーダーを発動、最終ラップのストレートでサインをみたバンディーニがスローダウンしてサーティースが抜いたことで逆転チャンピオンを獲得しました。

 

話だけでは伝わりにくいですが、2008年のハミルトンマッサも比じゃない大逆転でした。

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そして、私たち日本人にとっては第1期ホンダF1でのサーティースの活躍は語らずにはいられません。

 

1967年にホンダに加入すると、1台参戦ながら奮闘しました。

特筆すべきは1967年イタリアグランプリ。

 

最終ラップまでトップを走行していたクラークがガス欠で後退、サーティースとブラバムの戦いになりましたが、最終ラップの2人の戦いは見ものです!

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ブラバムがパラボリカでインをつきましたがアウトにはらんでしまい、サーティースは冷静にこれをパスして、0.2秒差でブラバムを下したのでした。

 

1968年もホンダから参戦しましたが、フランスグランプリではF1マシンとしては初参戦となったジョー・シュレッサーがクラッシュから焼死するという痛ましい事故も起こってしまいました。

 

他にもホンダ本社との方針の違いにも巻き込まれたりと混乱の中でもエースドライバーとして活躍したサーティース氏には日本人として感謝しきれません。

 

安らかにお眠りください。